『Death Note/デスノート』(2017年) -☆☆☆☆☆-
なるほど確かにこれは「デスノート」とは名ばかりの、天才的素人2人がバカ決定戦を繰り広げる頭の悪い愚作である。
そもそもライトが自分の事を教師に売った尻軽女(これがミサだと?)にデスノートの事をホイホイ話して、それをネタにベットインしてイチャイチャしながら裁きを下すという知性や正義感とは無縁の下半身本位の行動の数々には開いた口が塞がらない。
可愛い女と一発ヤリたいだけで秘密を明かした結果、足を引っ張られまくった上、Lにマークされてるのに学校の廊下で「リューク」だ「死神」だ「殺した」だ大声で口論したかと思えばベロチューしてアッサリよりを戻す、米国のティーンエイジャーってどいつもこいつもこんなバカなのだろうか?。
Lにしたって名前が分からないと殺されないという確証があったとは言え、簡単にテレビでその姿を晒すなど行動がギャンブラーで、事ある毎に感情的になり、自分の凡ミスで人や物に当たり散らしたかと思えば、声を荒げて相手を恫喝するなど、どちからと言えばその有り様はメロに近い。
何より赦せないのはLというキャラクターが頑なに拒んできた「ある行為」を行わせたラストで、これは緋村剣心やヴァッシュ・ザ・スタンピードに嬉々として人殺しをさせるくらいやってはいけない改変であり、Lという人物が持つ信念や覚悟を踏み躙った最低最悪の脚色である。
恥を知れ!!。
何一つ「計画通り」に行かない凡人のライト。
都合の良い女から性悪ビッチになったミサ。
何故かブレードランナーのブラスターを振り回す乱暴者のL。
醍醐味である頭脳戦を切り捨てて薄っぺらい愛憎劇を加えるなど、原作のどこをどう解釈したらこんな内容になるのか理解に苦しむ。
正直ここまで変えるなら最初から「デスノート」の設定だけ用いて、全く別の物語を作れば良かったのではないかと思わずにはいられない。
裁きのシーンもお国柄なのか『ファイナルデスティネーション』の様な妙に手の込んだ悪趣味スプラッター描写となっているが、こんなところに力を入れるならその分原作を読み込んで脚本を書けと言いたい。
日本の実写化はクソというが、どこの国でも原作を愛さずその人気に乗っかりたいだけの奴等が作った作品はクソなのである。
(ちなみに日本語吹き替えはドラマ版を除いて同役を担当している中村獅童さんだった)